詩
作 者:ヴィーチェスラフ・ネズヴァル(1900-1958) --- 咒まじめく夕ゆうべは浴ゆあみする玄くろきみづうみ界さかいと做せむは樹木の荘かざる空虗の小路恆つねに霊響たまふる曐ほしの楡龝 あきめき昏くらむ惑いの瞳睲めだま
真昼に天降あもる最闇黒 我惟あもうとは言えずに消ゆ 束の間の羽搏き 踆烏の流景ひかりあり 爾きみの御胸に貪る最微瀾 久遠の幽壙すまいに魔業まじわざの私言ささめき ふぃん・で・しえくるの咒文かしりあり 秘蹟しるましは腐爛 蝙蝠かわほりの竪子こ訪とい…
爾きみの悒鬱ゆううつは 阜おおきな焉 幺あえかなる光 降る夜よ 玄黒の翼を疵きずつけし 爾きみ 万象は 寂しづかに見入る 幽光の炎もえる 交差点 开そはひとの含羞の河水 果して爾きみの頰紅を溶く 夢寐に仆たおれ臥ふし 今もう 爾きみは無声の夜 無声の 経…
亜熱帯の模造装置へ 破われた窓より忍び込む 腐敗した植物の残骸 遺贈した篤志家の碑銘 これら塋域えいいきは夜よごと牽ひかれ 永遠に街を廻まわり続けている 烟もやのかかった夢の中 展ひろがりを缺かく大通りを徃ゆけば 巨おおきな交差点に彳たっている 冥…
無何有自より精の、 有漏、有漏、有漏。 イェイツみたいな夜。 空は曇り精の、 烏有、烏有、烏有。 フロイトみたいな夜。 陽燃館は欺瞞の尖塔。 尋香城は錯認の糞壤。 紮しばられて、 生まれて来る朝。
汝きみが寐貌ねがおの淪しずみ徃ゆく 月なも惛くらき夜の底方そこい 爛焉らんえんたる咮くちばしに啄ついばまれ 赩あかき燄ほのおの滲むらむ 猥雑なる小部屋に胞え乱れ 慈雨降り頻しく書や書の灰や 悲あわれなる傾眠の掌てへ置かれ伏し 歍ああ…… 御盞みけに…
淋しげな為人キャラクターと彳ゆきつ亍もどりつし 私達の歩調をなも狂わせる点滅ガス・ライティング 両ふたつの窓にさえ眩惑の微瀾へと 恠誕あやめき立つ汝キミは 佯さまよえる 噫ああ 朒ししと羽搏く曐ほしの羣むれに 旋回を歇やめぬ引蛾なりし明滅よ 唯た…
掌上の湖水より 湧きて立つ遍あらゆる懈怠たち 郷土なき返照に向け 悲あわれ昏くらく滲透していく 錆色の水滴と汝きみの开その索漠は 落魄した神秘に映る 剰え竈へ焌くべる ものの无なき 明るみの虚妄春三月
悪無限 静寂への責務は 闇黒の おびただしい疵きずとして 尾燈テールランプの冥くらさ斗ばかりが 余わたしたちに 在り尽くせ 黒い土 夜は既もう退のいた 淋しさだけが 独りなも歩き徃ゆく 佛佛ほのぼのと見知らぬ街
夜半よわの窓外に打鍵する 惛くらく大きな像すがたが双ふたつ 雨がゆっくりと下ふる日には 唯ただ淋しさだけが徉さまようと云うのに 街の燈の瞬き 厶わたしの苦しみ
薄墨に 描かれし鯉 月に雲 雨の下る夜に ささめき立つキミ 死にどころ なく歩きけり と云う夜に 鬼の住む城へ 連れ立てぬキミ
汝きみの名を称よぶヿことの 最いとも甘やかなる憙よろこびよ 幾たびも口中に転がし味賞する 汝の名の馥郁たる香味 不意に竈神の息差し 愛あわれなる独り居に夜
干(かわ)いた浴室に白の咒文(じゆもん) 紋章術の教書にぞ覚(し)る ぬばたまの朝の街 ひとの死の甘美 紫色の美貌(かお) 霑(ぬ)れた鐘の鳴り響き 滅(き)えて徃(ゆ)く新しい日(ひび) たくさんのオシリス達 たくさんのイシュマエル達
序(詩集『愛、眠り、梦』「エロメノスへ、或は喪れた愛に就ての痛歎の十年紀」より) ステンボック伯゠著 予(わたし)は磔(はりつけ)に為(さ)れた愛の幻を想(み)ました―― 釘(くぎう)たれた肢(あし)、釘たれた雙手(て)、而(そ)して心を、 予…