短歌

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星辰界(5首) 余わたくしの平方=イコール汝きみなりしとき星辰の熱をし佩びけむ 星月夜――迷宮学の線を曳き余われなるものの出口鬱ふさがる パトグラフィーの教本に誌しるされしわれらが父の聲を環めぐらむ 曐曐ほしぼしを戴冠せらる三日月の有もたるる杖の…

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薄氷(5首) 水深も幾ほとんど零にほど近き行潦にわたづみ蹈ふむ爾きみゆきげ月 爾きみの躬みを泛うかぶに適ふさう小さ膜うち破る日のうら悲しけむ 水銀の似ごとき円盤翺とび徃ゆけり豫言者どもの瞳めはしまどしき 躬みを冲ひいる季ときもやがては喪に服し最…

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静物 卓上に竝ならべし骨の眼の虚ろ人工洞窟グロッタの如ごと洞洞たりき 甕星の白き光のほのみえて有翼の蛇ゆるるかに堕つ をんなてふ體溫計を插し入る夜 不氣味なるものあまた覩みえをり 媾婚星よばいぼし青く耀かがよい夕星ゆうづつの空に無かりき火船の聲…

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銀紙を海に想みたてし午后三時置かれまほしき菓子の透明 われわれは完全人のかたわれぞアンドロギュノスの裔すえを夢む 楽の音も樋を流るる糸の根とnocturnalistの予型論 途みちの端はに何も映ぜぬ鏡あり双面神の貌の夕暮 不死鳥の翅はねを拾いきむつみ月わ…

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或る日の朝(5首) ほとおりの凍れる朝の淋しさのほむらのごときマフラーを巻く くちなわのあが古里の坍を這い逶くねるひはひで陽いつわれるひと 磨きつつ何をば想もえるバールーフ・デ・スピノーザの碧きあさ寒 果みもなしに透度ゆたけし脳髄は硝子の函――爾…

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窓と家(5首) 余わたくしの住まえる家に窓のなし串刺天使メタトロンの翅はねのしろ未だし 水晶を摹まねて造りし我が家をルドゥーさえも无みせるものかは 窓こそは家のかたちと我が惟もえて窓のみの家を雲の最さ央なかに 単子論うとうと読みて午ひる遲さがり…

短歌

黒鳥のわがもとへ来て罵れる声ごえの濁だみ機械さびめく あわあわと水鳥なける闇黒淵やみわだの水みの面もにうつる余われ消えななむ 罔両うすかげの濃こまやかなりぬ街の燈ひのわが背そびらより来て逝ゆける逐おう やわらかき墓羣はかむら竝ならぶ斎ゆ庭にわ…

短歌

朽葉(6首) くれないの世界ぞ悲あわれ我が貌を伴つれて没しずめる街の底にも 隠おだしきの海わだの畔べありき貝殻のいくつを拾い汝なが聲を聴き 塋域に彳たちたる若樹まがなしき幺あえかな光さざなみだちき 海の瓊玻にわたづみをおさめ掌へささやかな詩うた…

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雑詠 へべれけを救けし夜のついにきて佐美雄の哥うたをいくたびか誦す むな底に詩女神ミューズなる器官あり黒き液汁われを懊殺す 生活はまばゆけれ予わが夢裡に入り圃場に宁たてる白鳥は去いぬ 秋の日に世界はいっそ眼となってさまざまなりしわれ瞶みつめい…

短歌

銷閑の折、聖約翰ヨハネ騎士団を懐おもいて詠める(二首) 赭門あかもんの騎士団旧かつてかありけむ。笛の鳴ねありて月精つきは没しづきぬ 葬処はふりどを出でたる余われを成らしめよ、典薬寮ホスピタルなる黒衣の隠士 病床にて(三首) 寂莫じゃくまくは言…

短歌

暮鳥に 聖三稜玻璃に綺羅美の屈折光 冷寂の閨 虹蜺の交 清白に 秋成の沈める書ふみを引き揚げし船にぞ竚たてる柿の実腐あざる 有明に 壊くずれ来し白き月をば磐いわの上えに無絃の琴を独り爪弾く 珥みみだまの落ちる音はも途みちの端はな 玄はるか延びゆくか…

短歌

そこばくに邈とおく彳たちたる逃げ水の似ごとく揺らめく赫のスカート 卓上に噴水のあり ささやける暮鳥の一聲 朔きたの星はも 電いなづまよ 月のかげより還りたるわれ主宰せるわれの淋しき 口馴染みする言葉なも味気なき――聴こえねえって! 百合の花咲く

短歌2

傍役わきやくと謂いわれし吾の物語り 見えざるものの聲収めたり l'amourラムールをlemurレムールとの錯簡あり 或いは愛を或いは霊を 鬼城の句、口くち吟ずさみつつ徒かち歩あるく。あの凍蝶いててふも翅灼かれけり 花にさえ嚙みつかれけり。奇美拉キマイラの…

短歌

都奇つきと書く 街に瑰くすしき真澄鏡まそかがみ 住み古りてなお待ち遐どおし汝きみ 星天降あもる 微冥ほのぐらき河うち照らす月魄つきしろは无なし。今し二人は さようなら 朝明あさけにくらし海族いろくづのふたり相あい離さり余香漾ただよう。 たやすくは…

短歌

おくつきへきみの眠りをおかしつつしるましを覵ゆおそろしき夕 おぞましき夢を見し夜 独りいる我、野性的な風、ノスタルジア。 抱擁交わすことだに無く、ただみつめあう小部屋を世界とぞ言う。 夏の風 わが夢魂さえ吹き散じ尚おも窓より見るありのまま 別れ…

短歌

呼びとむる臆病者の声、幽か。あなさびしかるわれのこすキミ とめどなくわが眼に映れきみの眼よ あかるき部屋にまどろみてをり 梅雨寒にせなのまろめるつまの手のもしかありせばハンドクリーム 七変化 かがみの嘘に付き合えば襤褸を着てこそひとり片笑め こ…